我々の文化を取り戻せ! | ||||||
大喜びで荷台に飛び乗ると子供たちが三人座っていた。もう、この小さな集落では、三人とも顔見知りなので「ハーイ!」と、ハイタッチの挨拶でコミュニケーションがとれる。 何処に行くんだろうと思うと、一軒の家の前にピックアップが止まった。誰かを迎えに来たんだろうと荷台で待っていると、車に乗せてくれた青年が家に入っていきすがら振り返り「Kanも来るように」と呼んでくれたのだ。 何から何まで初めてのことなので、ワクワクドキドキしながら家に入った。 そこは、日本の家のように靴を脱いであがるのだ。すでに4,5人の青年がドラムを持って話しをしていた。 今、一緒に来た青年も、ドラムを袋から取り出しキッチンの電熱コンロでドラムを温め、皮の張りを調整しはじめた。 みんなが、てんでバラバラに太鼓をたたきだした。たぶん、音を合わせているのだろう。 この状態がいつまでも続いている。いったいいつになったら演奏が始まるんだろう?と待っていたが、いっこうにその気配がない。 そうこうしている内に、何人かのインディアンの青年も入ってきてはドラムをたたいている。 もう始まるだろうと思っていたのは間違いだったみたいで、すでに始まっていたのだった。30分ほどすると、みんなはトランス状態になっているではないか。 いったいいつになったら始まるの?という律儀な想いで、この場にいるのはぼく一人だった。 アルコールを排除したこの集落のみんなは、アルコールが無くても、自分たちのドラムのリズムで恍惚を得られるほどに酔えるのだった。 途中、おまじないのようなゲームも挟み、三時間ちかくドラムが続いた。 時計を見ると夜中の12時近くになっている。 その時「さあ、ドラムダンスに行こう!」との声が上がった。 えっ、今までのは何やったん?延々と3時間ほども練習やったん??????分からないまま、村の中心に位置する集会所のような所へみんなで歩いて行った。 そこには、村中の人が集まりドラムのみんなが来るのを待っていた。 ホールの真ん中にテーブルを置き、ドラムに合わせてみんなのダンスが始まった。日本の盆踊りのような感じだ。 若い人の足取りはバラバラで、それを見たおばあさんが少し怒ったような感じで、足の運び、リズムの取り方を指導している。 永らく途絶えていた「インディアンの文化を取り戻すのだ!」という気迫が感じられる真夜中のドラムダンスだった。 |
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