2.念願の北極圏に行ける日が来た。
 いつもの事ながら、本当に、どこか遠いところへ行くのだろうか?そんな何気ない雰囲気で北極圏フォート・グッド・ホープ行き当日の朝を迎えた。

 前もって何にも準備ができていない。前日の夜中になってから初めて、行くまでにしておかねばならないことをやりはじめる。月末までにの写真と原稿を送ること、家賃などの支払いの手続き、毎月初めに出版している新聞の発送準備、勿論北極行きの装備を揃えること・・・。どれもこれも、たっぷりと時間があったはずなのに、出発間際にならないと、何事もできない自分に嫌気がさす。と共に、そんな風にしか物事を出来ない自分が愛しくなってきた。「準備がちゃんと出来なかっても、行けたらええやん」と自分に言い聞かせている。人間って何処までも自分には甘いんだなぁとつくづく思ってしまう。この場合の人間って、ぼく自身のことだけど。
 
 一通りのことを済ませると朝の6時になっていた。出発までに一眠りしようかと思った時に、またもや、やり残しの作業を一つ思い出す。コンビニにコピーを取りに行く仕事が残っていたのだ。たくさんの枚数をコピーしなくてはならない。しかし、ここまで切羽つまってくるとテキパキと物事が段取り良くできるのだ。しかし、時計の針も自分の動きに比例して速く回ること速く回ること・・・!これって、段取りよく行っていないのかな?

 あわてて家に戻り、残りのことを家族に託し、いよいよ北極圏行きの出発準備をする。エアーチケット、パスポート、カメラ、フィルム・・・。忘れ物はないだろう、とリュックを担ぐ。タクシーが通る道まで家族の見送りを受ける。家の近くの道ばたのガードレールまでが、いよいよ北極へ行く人(僕のこと)への見送り地点だ。植村直己ならたくさんの人達の見送りがあったろうに、と一人で心の中で思っていた。

 千里中央までのタクシーの車内、運転手さんがシートの上に置いたリュックを見て、「今日は天気もいいですし気持ちのいい日ですね、ハイキングですか?」と尋ねるので、「はい、北極へ行きます」と答えると「涼しくていいですね・・・。」その後無口になってしまった。この会話、本当のことを言ったのに、この運転手さんは“バカにされた”と思っているんだろう。そんな感じがひしひしと伝わってきた。
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